第388回 令和5年2月28日(火)
(第264回 遺伝子機能解析部門セミナー)

演題 プリン作動性化学伝達を制御する機能性脂質代謝物の同定と薬学的応用
宮地 孝明 氏(岡山大学 自然生命科学研究支援センター ゲノム・プロテオーム解析部門、大学院医歯薬学総合研究科 (薬学系) 膜輸送分子生物学)
 
 1970年代のデンマークの白人とグリーンランドのイヌイットの疫学調査によって、白人よりもイヌイットは心臓病の死亡率が大幅に低下しており、オメガ3系多価不飽和脂肪酸の血中濃度が高いことが明らかになった。その後、オメガ3系多価不飽和脂肪酸の代表格であるエイコサペンタエン酸(EPA)は生活習慣病に有効であることが多くの基礎・臨床研究から明らかになったが、既存の分子標的だけでは全てのEPAの効果を説明できていなかった。
 これまでに我々はプリン作動性化学伝達を司る小胞型ヌクレオチドトランスポーター(VNUT)を同定し、その遺伝学的あるいは薬理学的阻害が生活習慣病の病態に有効であることを見出してきた(PNAS 2008, JBC 2011, Sci Rep 2014, PNAS 2017, JBC 2018)。VNUTは分泌小胞にATPを充填する膜分子であり、この分泌小胞が開口放出されると、放出されたATPやその代謝物がプリン受容体に結合し、下流にシグナルを伝達する。興味深いことに、生活習慣病の病態時におけるVNUTの阻害効果はEPAの効果に極めて類似していたため、VNUTがEPAの主要な作用標的の一つであると仮説を立てた。我々は独自のトランスポーターの輸送活性評価技術を用いて、極めて低濃度のEPAがVNUTを選択的に阻害することで、プリン作動性化学伝達が遮断され、神経障害性や炎症性疼痛、インスリン抵抗性が改善することを明らかにした(PNAS 2022)。EPAのヒトでの安全性などはすでに実証されているため、本研究成果は栄養学に基づく生活習慣病の新しい治療戦略になると期待される。
 本セミナーでは、VNUTを例に挙げて、精製・再構成法によるトランスポーターの輸送活性評価技術と、小胞型神経伝達物質トランスポーターを切り口とした創薬研究について紹介したい。