第373回 令和元年12月11日
(第251回 遺伝子機能解析部門セミナー)

演題 植物の光合成における緑色光と遠赤色光の役割
寺島一郎(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻)
 
 高校の生物の教科書には、「植物の葉が緑に見えるのは、葉が緑色光を吸収せず反射・透過するからである。だから、緑色光は光合成には使われない。」というような説明が見られる。これは誤りである。緑葉の緑色光の反射率や透過率は確かに赤色光や青色光にくらべて大きい。しかし、青色光や赤色光を90%程度吸収する葉では、緑色光も70%は吸収される。つまり、吸収されないのではなく、吸収率が「やや」低いのである。また、吸収された緑色光は赤色光と同程度の効率で光合成を駆動する。これらは、1960年代には明らかになっていたことである。本講演では、強光下では緑色光は赤色光よりも高効率で光合成を駆動することを明らかにした研究を紹介する。赤色光や青色光はクロロフィルに強く吸収されるので葉の奥には到達しない。葉の奥にある光飽和に達していない葉緑体の光合成を駆動するのは、クロロフィルに吸収されにくいからこそ葉の奥に到達する緑色光なのである。
 Emersonが1940年代に単色光を使って求めた光合成の作用スペクトルは、680 nmより長波長側は突然著しく低下する。このred-drop現象の印象が非常に強かったためか、光合成に有効な波長は一般には 400 - 700 nmとされている(光合成有効放射)。われわれは、変動光が光合成に及ぼす影響の研究途上で、赤色の変動光が光化学系Iを阻害することを発見した。しかし、光合成O2発生やCO2吸収を単独では駆動しない700 nmより長波長の遠赤光が存在すると、変動光による光化学系Iの阻害がおこらなくなった。野外の変動光環境下で植物の光化学系Iに阻害が見られないのは、ふんだんに存在する遠赤色光のためである。さらに、強光と弱光が繰り返すような変動光下では、遠赤色光が存在すると、特に弱光時の光合成活性が高くなることも見出した。強光下では、過剰な光エネルギーは熱として散逸される。強光後の弱光下ではこの機構が速やかスイッチオフされなければ、光合成の効率は上昇しない。遠赤色光は、まさにこの速やかなスイッチオフの役割をはたす。この分子機構を明らかにするために、変異体を使った研究を進めている。これらのデータを示して、分子機作を議論したい。