-骨格筋機能解析と食品機能-
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科・応用生命化学専攻)
65歳以上の高齢者の全人口に占める割合、高齢化率は現在限りなく30%に近い数字であり、21世紀の中盤以降には40%に達する。日本は超高齢社会を迎えつつあり、平均寿命より健康寿命(自立生活の可能な期間)に高い関心が寄せられている。男性では平均寿命と健康寿命の差が約9年、女性では12-3年であり、健康寿命の延伸は社会全体にとって喫緊の課題と言える。
健康寿命は自立活動能力に依存しており、つまり身体ロコモーション機能を維持することに他ならない。そのためには、体を支える骨格筋(体重の40%程度)の筋量を維持し、その機能を健全化することが必要とされる。このような観点から、我々は骨格筋に存在する7回膜貫通型Gタンパク質共役受容体TGR5の機能解析を進めてきた。TGR5は血中の胆汁酸を結合する受容体で、細胞内cAMP濃度を上昇させ、シグナルを伝達する。胆汁酸はコレステロール最終異化産物であり、体内のコレステロール代謝と強い結びつきで調節されている。複数の遺伝子改変動物、培養細胞を用いた解析から、骨格筋のTGR5は胆汁酸を結合したのちに、筋量を増加させ、筋力も増強させることが明らかになった。その結果として、骨格筋への糖取り込みも上昇し、糖代謝が改善されることも確認された。我々は胆汁酸の機能を模倣する食品成分を探索するアッセイ系を構築し、柑橘成分のノミリンにTGR5アゴニスト活性を見出した。実験動物への投与により、筋量増加をはじめ複数の代謝改善効果を認めている。さらにノミリンがTGR5とどのように結合するかについて、多数のアミノ酸置換変異体TGR5を解析し、コンピューターによるドッキングシミュレーショと合わせて、その結合様式を明らかにした。
基礎研究とそこから派生する応用研究を展開し、さらにはそこから結合様式を明らかにする基礎研究へと繋ぐプロジェクトを展開した。基礎から応用へ、そして応用から基礎へという「農芸化学的」研究を紹介したい。
・Ono, E. et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun. 410, 677-681, 2011
・佐藤隆一郎: バイオサイエンスとインダストリー 70, 128-132, 2012
・Sato, R.: Vitam. Horm. 91, 425-439, 2013
・Horiba T., et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun. 463, 846-852, 2015
・Sasaki, T. et al.: PLoS ONE 12, e0179226, 2017
・Sasaki, T. et al.: J. Biol. Chem. 293, 10322-10332, 2018