第302回 平成23年9月20日
(第186回 遺伝子機能解析分野セミナー)

演題 クオラムセンシングをターゲットとしたバイオフィルム阻害剤の開発
 阿座上弘行(山口大学農学部)
 
 口腔内には500種以上の細菌が生息しており、歯や口腔組織の表面にバイオフィルムを形成する。多くの細菌は、環境中に放出するオートインデューサー(AI)によって菌密度を感知し、これによって集団で遺伝子発現の制御を行うメカニズム(クオラムセンシング)を有している。デンタルプラークなどの多種の細菌が複雑に絡み合った複合バイオフィルムでは、異種細菌間でもクオラムセンシングにより相互にコミュニケーションしていると考えられている。そこで、歯周病の新たな予防・治療法の開発として、クオラムセンシング阻害剤の探索研究が注目されている。近年、マクロライド系の抗生物質が緑膿菌に対して殺菌活性を示さずにバイオフィルム形成を抑制することが示され、それがクオラムセンシングの阻害によるものであることが報告された。また、エピガロカテキンガレート (EGCg)などのポリフェノール化合物がクオラムセンシングを阻害することも報告されている。最近、我々は歯周病細菌の一つに対しても、EGCgやその類似化合物が殺菌活性は示さずにバイオフィルム形成を抑制することを示した。このようなクオラムセンシングを阻害する様々な物質が同定、研究されており、バイオフィルム抑制剤としての候補となりえる。 また、クオラムセンシングを阻害する別の試みに、オートインデューサーのホモログを用いる方法があるが、これらの阻害剤のほとんどがAI-1(AHL)をシグナル物質とするクオラムセンシングに対するアンタゴニストである。しかし、口腔細菌の多くはAI-2をシグナルとするクオラムセンシング機構を有しており、口腔内における複合バイオフィルムの形成にはAI-2を介したクオラムセンシングが強く関与すると考えられている。近年、ある種のハロゲン化フラノンが、AI-2を介したクオラムセンシングを阻害するアンタゴニストとして報告されている。また、我々もある種のAHLホモログが口腔細菌のバイオフィルム形成を抑制することを示した。今後、新たな歯周病予防や治療法の一つとして、クオラムセンシングをターゲットとしたバイオフィルム阻害剤の開発が期待される。