第295回 平成23年1月19日
(第181回 遺伝子機能解析分野セミナー)(第5回 学生GPセミナー)

演題 フロリゲン(花成ホルモン)の同定と新しい開花研究の展開
  島本 功 氏(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科)
 
 植物の多くは日の長さ(日長)に応答してさまざまな反応を示す。植物が季節ごとに変化する日長に応じて反応を示すことを光周性反応とよぶ。植物の光周性反応の中のひとつに、花芽形成の誘導が挙げられる。植物が日長に応答して花成を含めた光周性反応を示すことが明らかとなったが、植物がどこで日長の違いを感受しているかが明らかとなったのは1930年代のことである。1936年にChailakhyanは、キクを用いて、植物が日長を感受する場は葉であることを確認した。彼はさらに、植物が日長を感受する場である葉と、花成が実際に誘導される場である茎頂が、空間的に離れていることから、花成が誘導される植物の葉において花成誘導を引き起こす物質が作られ、それが茎頂分裂組織まで移動することで花成が誘導されると考えた。彼はこの物質のことをフロリゲンと名付けた。 われわれは、まず最初にイネの開花促進遺伝子であるHd3aがイネにおいてどのように花成を促進するのかを明らかにするための解析を行った。イネが短日条件下において花成が促進される原因は、Hd3a 遺伝子の発現が誘導されるためであり、逆に長日条件ではHd3a 遺伝子の発現が抑制されることが原因である。次に、われわれは、イネの花成が誘導される条件である短日条件においてHd3a mRNAがイネのどの組織で発現しているかを詳細に解析した。その結果、Hd3a mRNAはイネの葉でのみ発現していることが明らかとなった。茎頂分裂組織ではHd3a mRNAはほとんど検出されないことから、Hd3a はイネの葉で特異的に発現していると考えられた。また、Hd3aは葉の維管束の師部周辺でのみ発現していることが明らかとなった。 次にHd3a タンパク質がイネにどこに存在し、おいてどのような制御を受けているか観察することを試みた。Hd3a タンパク質に、蛍光タンパク質をコードしているGFP遺伝子をつなげ、これをHd3aプロモーターにつないだものを植物に導入し形質転換体を作った。この植物体においてHd3a-GFP融合タンパク質が、花成の促進に効果を持つことが確認できたので、この植物体の茎頂分裂組織の縦断切片を作製し、レーザー蛍光顕微鏡で観察を行った。その結果、Hd3a-GFP融合タンパク質の蛍光が、茎頂分裂組織において観察された。Hd3a のプロモーター領域は、維管束でのみ発現を制御できることや、茎頂分裂組織に維管束は存在しないことから、観察されたHd3a-GFP融合タンパク質は維管束から運ばれたものであると考えられた。
 最近我々はイネに第2のフロリゲン遺伝子が存在することを明らかにした。Hd3a 以外にRFT1という高い相同性を持った遺伝子が存在することは明らかであったが最近までいかなる条件化で機能しているのかは明らかでなかった。我々の最近の結果から、Hd3a はイネが本来持つ短日条件で育成された時にフロリゲン遺伝子として働き、一方RFT1は長日条件で開花が起こる日本の稲作の条件でフロリゲンとして働いていることが明らかになっている。また、我々は世界に存在する栽培イネにおいて開花時期を決定する遺伝要因を明らかにする目的で、世界の代表的な栽培イネを網羅したイネコアコレクションと呼ばれるグループを解析し、Hd3a遺伝子の発現量の変異が栽培イネの開花時期に大きな影響を与えることを明らかにした。この結果は、世界中の栽培イネの開花においてフロリゲンをコードするHd3a遺伝子が重要な働きをすることを明らかにした。 フロリゲンの実体がタンパク質であることが明らかになったことで、人工フロリゲンの合成と植物の開花制御への応用が夢物語ではなくなった。ただし、今後この目標に近づくには多くの基礎研究が必要であり、実現の可能性はまだ未知である。今後の研究の展開が重要になってくると考えている。

参考文献
1.Tamaki, S., Matsuo, S., H.L..Wong, H.L., Yokoi, S. and Shimamoto, K. (2007) Science. 316, 1033-1036.
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3. Komiya, R., Yokoi, S. and Shimamoto, K. (2009) Development 136, 3443-3450.
4. Takahashi, Y., Teshima, K., Yokoi, S., Innan, H. and Shimamoto, K. (2009) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 106, 4555-4560.
5. Tsuji, H., Taoka, KI. And Shimamoto, K (2011) Curr. Opin. Plant Biol. (in press)