多くの病気は、薬を投与したり、悪い組織を外科的に切り取ったりすることで、治療することができます。しかし、病気の中には、薬が効かなくなったり、手術が困難であったりする病気もあります。その場合、患者さんの病気の細胞の遺伝子の働きを、人為的に変えることで病気を治してしまおうとする試みが、遺伝子治療と呼ばれています。
遺伝子治療にはさまざまな方法で行われています。前に述べた免疫不全症では、ADA遺伝子を免疫細胞に持ち込むことで病気が改善され、多くの患者が治療を受けています。ガンの遺伝子治療も試みられていますが、ガンに関係する遺伝子は50コとも100コともいわれており、どの遺伝子の異常でガンになったのかは非常に複雑です。それでも中心的な役割をする遺伝子が分かってきたために、遺伝子治療が可能になってきました。ガン抑制遺伝子と呼ばれるp53遺伝子をガン細胞に入れると、そのガン細胞は死滅します。また、ガン細胞だけを攻撃し、そのガン細胞をやっつけてしまうように、免疫細胞を強化する方法もガンの遺伝子治療のひとつです。そのほかの遺伝病や、エイズなどウイルス感染症、生活習慣の結果発症する慢性の病気についても、いろんな治療の試みがなされています。
遺伝子治療にはまだまだ難しい問題がたくさんあります。たとえば、①どのような遺伝子の異常が病気の原因となっているのか、②そしてどの遺伝子が正常細胞に悪い影響を及ぼさずに病気の治療に効果的なのか、③病気の細胞をねらって、遺伝子を効率よく導入するにはどのような方法があるのか、④治療が終わったあと、導入した遺伝子はどうなるのか、⑤どのような病気には遺伝子治療が許されるのか、倫理的な問題など、解決しなければならない点がたくさんあります。