第178回 平成22年10月30日
(第291回 細胞工学研究会講演会)
(日本農芸化学会中四国支部若手研究者交流シンポジウム)
演題 新規フコイダン資化性微生物およびアルギン酸分解菌の特性について
川本仁志(株式会社海産物のきむらや開発研究室)
 海藻は主に緑藻類、褐藻類、紅藻類の3つのグループに分類され、細胞間物質としてアガロース、カラゲナン、アルギン酸などが存在する。褐藻類には細胞間物質としてフコイダンとアルギン酸が存在し、フコイダンは褐藻類のなかでもオキナワモズク Cladosiphon okamuranusに最も多く含まれている。フコイダンは主にフコースを構成棟とするヘテロ硫酸化多糖の総称で、藻種により多くの分子種がある。このフコイダンは構成糖、硫酸基量や分子量が異なり、構造が複雑であるため明確な構造の決定や研究は遅れている。フコイダンは抗凝血作用、抗ウィルス作用、抗腫瘍活性などの多くの生理活性が報告されているものの健康食品に利用されている程度でまだ広く利用されていない。アルギン酸はbeta-D-マンヌロン酸とalpha-L-グルロン酸からなる直鎖のヘテロ多糖で、マンヌロン酸残基からなるMブロックとグルロン酸からなるGブロック、2つの残基が交互に入り混ざったMGブロックからなる。これらヘテロ多糖であるフコイダンとアルギン酸の新規分解菌を探索し、生理活性と構造の関係について研究を行うために本研究を行った。
 フコイダンについては資化性微生物を海洋環境から3株単離し、低分子かを触媒する酵素活性を検出した。今回、得られた菌株の一つLuteolibacter algae H18のフコイダン低分子化、脱硫酸化活性の特性について調べた。オキナワモズク由来のフコイダンを単一炭素源として培養を行い、得られた菌体の無細胞抽出液を用いて酵素反応した結果、フコイダンの分量低下に伴う糖の還元末端の増加、硫酸基の遊離を確認できた。本菌株は、フコイダン以外の糖類を単一炭素源としてできたが、その際、フコイダン分解酵素、脱硫酸化酵素は生産されず、フコイダンの分解に関与する酵素の生産は、培養時のフコイダンの存在に依存することが示唆された。
 アルギン酸については新規分解微生物を海水からVibrio sp.02を単離した。この菌から2つのアルギン酸リアーゼ遺伝子配列を決定し、Photobacterium sp. ATC43376 由来アルギン酸リアーゼAlxMとそれぞれ92.3%、32.6%の同一性を示した。また、両酵素ともポリマンヌロン酸リアーゼであることがわかった。

演題 イネの病害抵抗性反応を利用した有用イソプレノイド生産の可能性
岡田憲典(東京大学生物生産工学研究センター)
 イネは病虫害への応答の一つとして、抗菌性のイソプレノイド化合物であるジテルペン型ファイトアレキシンを誘導的に生産する。その際、その一過的で多量の生産を支えるため、ファイトアレキシンの生合成遺伝子はもとより、上流の代謝経路であるメチルエリスリトールリン酸(MEP)経路の遺伝子群も、同調的に発現誘導されることをこれまでに明らかにしている(1)。MEP経路はファイトアレキシン生産だけでなく、ジテルペン型植物ホルモンや光合成色素の生合成にも必須な経路であり、定常的にある程度の代謝フローが存在している。しかし、イネのMEP経路は病害応答時に劇的な遺伝子発現誘導を行うことで、下流産物への代謝フローを増強しイソプレノイド化合物の増産に対応しているものと思われる。さらに最近、この上流・下流の経路で働く遺伝子群の協調的な発現制御に関与する転写因子OsTGAP1の同定に成功した(2)。その結果、OsTGAP1はジテルペン型ファイトアレキシンの生合成酵素遺伝子群の発現をキチンオリゴ糖エリシター依存的に誘導するだけでなく、上流の代謝経路であるMEP経路を構成する7つの遺伝子の発現誘導にも関与することを明らかにした。同時に、OsTGAP1過剰発現体の解析から、このタンパク質の過剰発現のみではほとんどファイトアレキシン生合成経路上の遺伝子発現に影響を及ぼさないが、キチンエリシター処理を行うことで、劇的に上記遺伝子の発現誘導が引き起こされファイトアレキシンの蓄積が野生型株の10倍以上にも到達することを見いだした(右図)。このように特徴的なプライミング効果を示すOsTGAP1過剰発現体イネ培養細胞を用い、イネが本来保持している病害応答性をうまく利用することで、ファイトアレキシンのみならず、数多く存在する有用イソプレノイド化合物の効率的な生産誘導への応用が可能になることが期待される。
(1) Okada et al. PMB (2007) 65: 177-187
(2) Okada et al. JBC (2009) 284: 26510-26518

演題 植物アスコルビン酸の謎に迫る〜生合成の多様性と調節機構〜
石川孝博(島根大学生物資源科学部)
 アスコルビン酸は、ビタミンCとして老若男女を問わず一般に良く知れ渡った化合物であり、1932年に結晶化されて以降、1970年代のLinus Paulingをはじめ多くの研究者により、動物における生理作用についてはかなりの理解が進んでいる。しかし、我々ヒトにとってビタミンCの供給源として重要な植物は、水溶性酸化還元物質としては最も高いmMオーダーの高濃度で細胞内に蓄積しているにも関わらず、"なぜアスコルビン酸をたくさん持っているのか?"という単純な疑問に対して回答することができない。
 植物のアスコルビン酸生合成に関して、1998年にD-マンノース(D-Man)とL-ガラクトース(L-Gal)関連化合物を代謝中間体とするD-Man/L-Gal経路が初めて提唱されて依頼、我々のグループを含めこの10年間でシロイヌナズナを中心にようやくその全貌が遺伝子レベルで解明されたばかりである。また、植物だけでなく光合成真核藻類もアスコルビン酸を豊富に蓄積しているが、その生合成はD-Man/L-Gal経路ではなく、D-ガラクツロン酸を代謝中間体とする経路を辿ることがユーグレナ(Euglena gracilis Z)を用いた研究から明らかになり、光合成生物のアスコルビン酸生合成には多様性があることが示された。生合成経路の全貌が明らかになった今、生合成調節機構の研究もようやく端緒についたばかりである。
 本講演では、植物を中心に光合成生物におけるアスコルビン酸研究の進展について、我々の最新の知見も交えて紹介したい。

参考文献
1) Ishikawa, T., et. Al., Physiol. Plant., 126: 343-355 (2006)
2) Dowdle, J., et. Al. Plant J. 52: 673-689 (2007)
3) Ishikawa, T., and Shigeoka, S., Biosci. Biotechnol. Biochem., 72: 1143-1154 (2008)
4) Maruta, T., et al. J. Biol. Chem. 283: 28842-28851 (2008)
5) Ishikawa, T., et al. J. Biol. Chem. 283: 31133-31141 (2008)
6) Ishikawa, T., et al. Biochem. J. 426: 125-134 (2020)

演題 SUMO化修飾機構〜酵母と植物を用いたアプローチ〜
田中克典(関西学院大学理工学部)
 タンパク質や核酸などの生体高分子は合成の途中や合成後に様々な修飾を受ける。近年、こうした生体高分子の修飾(分子修飾)が、ゲノムの機能制御を介して発生を始め様々な生命現象に関わることが分かってきた。特に、ヒストン修飾によるエピジェネティックな遺伝子発現制御と核構造変化(細胞リモデリング)や、細胞複製に伴うクロマチン構造の維持(細胞記憶)に関する研究者人口は、世界的に飛躍的な増加傾向にあり、ポストゲノム時代の今、分子修飾に関する研究が生命科学の枢要課題として世界的に注目されている。
 演者は、分子修飾の中でも特に、「SUMO化修飾」と呼ばれるタンパク質修飾を介した生命機能の空間情報管理機構に興味を持って研究を行ってきた。近年、リン酸化やアセチル化などの化学修飾とは異なる小ペプチドによるタンパク質修飾が疾病との関わりから注目されている。例えば、ユビキチン化の異常はパーキンソン病などの疾病を引き起こす。SUMOは真核生物間で高度に保存されたユビキチン類似のタンパク質修飾因子である。しかし、その機能はユビキチンとは全く異なり、SUMO化修飾によるタンパク質分解は誘発されず、タンパク質間の相互作用・活性・局在などに変化を生じさせることから、生体内で"スイッチ"として機能していると考えられる。SUMO化が細胞増殖・分化の制御や、神経細胞における細胞内封入体の形成などの広範囲にわたる生命現象と密接に関与すること、がん化の一大要因である「DNA異常構造の蓄積」を抑制する分子機構においても重要な役割を果たすことも分かってきた。
 本講演では、分裂酵母と高等植物シロイヌナズナをモデル系として用いて明らかにしたSUMO化修飾の分子機構についての発表を行う。

演題 Gateway技術を用いた植物遺伝子機能解析システムの開発と応用
中川 強(島根大学総合科学研究支援センター)
 植物への遺伝子導入は植物バイオテクノロジーにおける重要な基幹技術の一つである。手法としてはバイナリベクターを用いるアグロバクテリア感染法が多く用いられているが、従来のバイナリベクターはその大きさや制限酵素サイトの制約により必ずしも使いやすいものではなく、実際我々の研究室でもクローニングに大いに悩まされていた。そしてシロイヌナズナのBAGEL7という遺伝子の解析において我々は大きな壁に直面した。BAGEL7は気孔形成突然変異体の原因遺伝子でマップベースクローニングによって同定されたものである。BAGEL7遺伝子には制限酵素サイトが多く、バイナリベクターへクローニングするためにはいくつものステップが必要であった。我々はこれらステップを乗り越えることができず、実験はストップしてしまった。
 BAGEL7のクローニング以前からバイナリベクターの使い難さに辟易していたが、実際に大きな困難に直面したことで、もっと楽に使えるバイナリベクターの必要性を真剣に考え始めた。ちょうどそのころ非常に便利なGatewayクローニング技術が普及し始めており、動物や微生物用のベクターが多数販売されていた。この技術はもちろん植物用ベクターにも応用できるが製品ラインナップには入っておらず、また今後も発売する予定は無いということを聞き、それならば植物用は自分で作ろうと決意した。そしてせっかく作るのであれば世界中の研究者が使いたくなるようなシステムにしたいと思った。そのため我々は多くのレポーター・タグを自在に融合できるGatewayバイナリベクターの開発に取り組んだ。初期型から始まり、改良型、プロモーター交換型など数多くのベクターシリーズが開発され、当初期待したように多くの研究者に利用されている。また最近は複数遺伝子をクローニングするためのシステム開発が進められている。
 本シンポジウムでは、研究を始めるに至った経緯、そして研究の途中で遭遇した様々な困難を中心に話をしたい。通常の学会発表では話さない裏話をしたいと考えている。

演題 分裂酵母の優位性を活用したイノベーション研究を目指して
川向 誠(島根大学生物資源科学部)
 これまで、20年以上にわたり分裂酵母を主な実験材料として、研究を続けてきた。いわゆる分裂酵母は現在では4種類報告されているので、実際にはSchizosaccharomyces pombeを主な実験材料としてきた、と言わないと正確ではない。酵母というと大多数の人は出芽酵母、いわゆるSaccharomyces cerevisiaeをイメージするが、これまでに私がS. pombeに愛着を感じ研究対象としてきた中で、S. pombeが酵母の中でも優れている点、あるいは他の生物種と比較して優位な点などを課題として本講演では述べてみたい。単細胞真核生物として、もっとも研究材料として使われてきたのはS. cerevisiaeであるが、真核生物の基本的なメカニズムを調べるのに、確かにS. pombeは適している。S. pombeの方がS. cerevisiaeよりもモデル生物としては、スタンダードな生物種であることは、色々な寒天から指摘されてきている。遺伝子破壊が容易であり、非必須遺伝子の全遺伝子破壊株の構築がなされているなどは、S. cerevisiaeの方が先んじてきたが、S. pombeにはいくつかの点で優位性がある。例えば、これまでの研究対象としてきた中では、1)シグナル伝達系は高等生物型に近い。S. pombeでRasはMAPキナーゼの制御をしているが、S. cerevisiaeではそうではない。2)S. pombeの分裂形式が、大多数の生物種と同様に中央で分離する。3)S. pombeはコエンザイムQ10を作る。4)S. pombeの増殖は通常の生物のように呼吸鎖に大きく依存している。5)S. pombeにはいわゆるRNAi干渉のメカニズムがサイレンシングとの関連で存在するが、S. cerevisiaeにはない。6)ヒトあるいは植物のcDNAライブラリーからダイレクトに相補性を示す遺伝子をスクリーニングできる。一方、応用研究の生物素材としてS. pombeはどうであろうか?S. pombeは機能未知な蛋白質の解析に適しているであろうか?S. pombeはS. cerevisiaeを超えるほどのエタノール生産に使えるだろうか? Pichia pastorisなどより蛋白質を高生産するのに適しているのか?これらのことを含め、分裂酵母の優位性はどこにあるのだろうか、それをこれからの研究にどう生かしていくのかを考えてみたい。
 
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