第102回 平成15年8月22日
(第210回 細胞工学研究会講演会)
演題 コムギの遠縁交雑をめぐる最近の話題
辻本 壽(鳥取大学農学部)
演題 植物短鎖アルデヒド類の生成制御機構とその生理的役割
松井健二(山口大学農学部)
 コムギは、異種属植物との交雑が比較的容易であるため、ライコムギに見られるように、多くの雑種が育成され育種に利用されてきた。私達も、コムギの遺伝資源を拡大することを目的として様々な種属間雑種を育成し、その後代から異種染色体添加系統を選抜してきた。それらの中には、染色体の不安定性や切断誘発など、当初、予想もしない形質を示すものがあった。これらの系統は、コムギ遺伝学の新たな展開をおこし、現在のゲノミクスに利用される系統にもなっている。
 ところで、胚培養などの遠縁交雑法の進歩によって、従来は不可能であった雑種も得られるようになってきた。私達は、ハマニンニク属の2種とコムギの雑種から、染色体添加系統を育成した。Genomic in situ hybridization (GISH)を用いれば、添加系統における異種染色体を、容易に識別できるので、間期核の染色体配置や減数分裂での染色体対合の研究などに利用できる。さらに欲望は大きくなり、現在、超遠縁間の雑種育成を試みている。これまで、トウモロコシ、ジュズダマ、トウジンビエ、ススキの花粉をコムギに交配したが、得られた個体はすべて半数体であった。これは胚発生の段階で、花粉親の染色体が脱落するためであるが、その過程を明らかにするために、胚細胞へのGISH法を開発し、トウモロコシ染色体の脱落過程を観察した。
 このように、コムギ雑種の染色体にまつわる最近の話題について、私達の研究結果を中心に紹介したい。

 炭素数6あるいは9の短鎖アルデヒド、及びその誘導体は脂質からオキシリピン経路で合成される。植物をこれら短鎖アルデヒド類の蒸気に曝すと種々の防御遺伝子が誘導されるため、これらが情報化学物質としても機能していることが示唆された。植物群落の中である個体が傷害を受けると短鎖アルデヒド類が放出され、これを受容した近隣の無傷の植物が来るべき傷害ストレスを乗り切るための防御システムをあらかじめ備えるものと考えられる。短鎖アルデヒド類は植物組織が傷害を受けた時直ちに生成が開始され、数分以内で最大となる。こうした迅速な生成は傷害により潰された細胞でおこり、酵素レベルでの活性化によると考えられる。こうした傷害による急速な短鎖アルデヒド類生成は脂質加水分解による脂肪酸の遊離により制御されていると考えられる。植物膜脂質は細胞破砕とともに急速に分解されるが、リン脂質の多くはホスホリパーゼDによりホスファチジン酸へ変換される一方、葉緑体チラコイド膜に局在しているガラクト糖脂質からはアシル基が切り出され、種々のオキシリピン類へと代謝されていく。今までのところこの加水分解に関与する酵素の実態は明らかではないが、シロイヌナズナにおいて葯でのジャスモン酸生成に関与するホスホリパーゼA1として単離されたDAD1、およびDAD1様リパーゼ遺伝子の単一のノックアウト変異体では短鎖オキシリピン生成量に変化がないので、複数の関連遺伝子が相補しあっているのか、あるいは未知の脂質加水分解酵素が関与していると考えられる。HPLは遺伝子レベルでの制御も受け、植物に傷害を与えると直接傷害を与えた組織でも直接与えていない組織でもHPL発現量が高まる。こうした発現にはジャスモン酸信号伝達系が必須であり、この信号系の欠損変異体では誘導が見られない。このように短鎖オキシリピン生成系は生化学レベルでの迅速な応答と、遺伝子レベルでの補強による長期的な応答という時間軸を異にするニ段構えの応答系を具えている。
 
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